SKY-HI「カタルシス」を語り尽くす-「F-3」考察編- ①

2015年に発表された SKY-HI “F-3″ は個人的にはアルバム「カタルシス」(2016)を語る上で絶対に外せない曲です。いや、日本のヒップホップを語る際に、今後数年間は避けて通れない一曲だと思います。時間は過ぎてしまっても、まとめる意味はあると思ったので記事を書きました。”F-3” にはダブルミーニング、トリプルミーニングが散りばめられており、歌詞に色々なものを込めたと SKY-HI 自身は語っています。

この楽曲には、ざっくり分けて2つのテーマがあります。ひとつはコンシャスな(社会問題、に限らず周囲の環境等に対して意識的な)内容。もうひとつはヒップホップシーンの中で影響力のあるラッパー宛のメッセージ(これも見方によってはコンシャス?)です。テーマごとに分けて、個人的な解釈を解説します。

今回は “F-3” のコンシャスな側面(とりわけポリティカルな部分)を解説します。誤解を招く可能性のある個人的解釈なので先にいいますが、この楽曲は “反戦歌” ではありませんし、メッセージを押し付けるようなことは一切していません。一般的に「社会派ラッパー」などと呼ばれるアーティストが作るポリティカル・ラップ、プロテストソングのような勧善懲悪的なわかりやすさはありません。この楽曲は意識の向け方について考えるきっかけを与えているに過ぎません。いわば無意識への警鐘です。作者である SKY-HI 本人が狙っていたかは分かりませんが、メッセージに触発された SKY-HI ファン(通称:FLYERS)の間でハッシュタグ「#F_3」をつけて相互解釈が行われるムーブメントが起きました。

F-3=ステルス戦闘機?

ミュージックビデオ発表のタイミングで SKY-HI 本人がメルマガ会員向けにメッセージを出していたので、楽曲のタイトルをググってみると開発が始動しているステルス戦闘機と同名のタイトルだとわかりました。従来より格段に戦闘力が高い戦闘機のようです。

F-3=おばちゃん?

そしてもうひとつ、”F-3″ はテレビなどを見る視聴者層を分ける区分で、50歳以上の女性のことを指します。そういえば SKY-HI × SALU「Say Hello to My Minions」の1曲目 “Say Hello to My Minions” を〆るラストの一節に「おばちゃんも痺れちゃうパンチラインに」というフレーズが入っていました。なんでおばちゃん?と思いましたが、もしかしたら “F-3” と掛けていたのかもしれません。

発売日と安保法案

“F-3” が収録されたシングル「Seaside Boud」の発売日2015年7月15日には、衆院特別委委員会で安全保障関連法案が可決されました。ご存知だとは思いますが、その柱となっているのは集団的自衛権の行使を可能にすることです。我が国の安全を守るために活動する自衛隊が、その守備範囲を広げ、仲間の国が攻撃されたときに武力で反撃することが出来ます。その安全保障関連法は2016年3月29日に施行されました。現在、自衛隊は海外へ派遣され “非戦闘地域” で、多国籍軍を “後方支援” しています。


リリック解釈(堅め、余談あり)


“アウトにセイフ?おい、やめてよ目隠し” は “F-3” の歌詞です。「手探り」と「目隠し」( e a u i )で韻を踏んでいます。英語の OUT / SAFE をカタカナ表記にすると一般的にアウト/セーフですが、ここではあえてセイフと表記しています。これはセーフ(=安全)と政府のダブルミーニングです。となると続く “目隠し” は何を指しているでしょうか。

これで思い出すのは2014年12月10日に施行された国と国民を守ることを目的とした特定秘密保護法です。日本の国と国民の安全を侵害する恐れのある情報を特定秘密と定め、その特定秘密を取り扱う人は適正評価によって制限され、秘密を漏らした人は罰せられます。これが政府にとって都合良く使われてしまったり、国民の知る権利が侵害されてしまう可能性がある点で賛否両論あったわけですが、本来の目的を考えると、なくてはならないものだと思います。漠然とした不安を感じますが、まずは自分で思考して、それから行動する(見る、聞く、調べるetc)ことが市民として出来ることだと思います。

“調理済みの3D TV 中身まで薄型でeasy 大事なとこにモザイク”この先は禁止” 情報のリンチ”


メディアが意図的に嘘をつくことは滅多にありませんが、様々な事情から見える角度を限定したり表現をぼかして伝えるケースも中にはあるかと思います。例えばテレビのニュース番組にもスポンサーがついています。権力を持つ側にとって都合が悪い報道の仕方をすると制作側に圧力がかかることもあるでしょう。そうなると自然と情報は制限されますよね。上記ラインはそのことに言及していると解釈できます。

余談ですが歌詞に出てくる「3D TV」は一時期、大型の家電量販店でよく見かけました。ですが、結局一般には普及しませんでしたね。その一方で、2016年には「VR=ヴァーチャル・リアリティ(仮想現実)」家庭用ゲーム機「PSVR」が登場して話題になりました。実際に体験した人のリアクションや話を聞く限り、映像を映し出すツールとしては最終形態に近いのかもしれません。いわゆる「都市伝説」と括られてしまうような話では人類の多くは今後、仮想現実の世界に移行する時代が訪れると言われています。実際に、そのための研究も進められているようですし、今後ロボットと人間の境界線がなくなる時代も来るようです。

話を戻します。情報や娯楽が少なかった時代はテレビや雑誌から影響を受ける人達が多かったかもしれませんが、今の若者世代はスマホに夢中でテレビ離れ/紙媒体離れしているともいわれています。テレビも見なければ新聞も読まないとなるとニュースに触れる機会も極端に少ないかもしれません。とはいえ、話題のテレビドラマは欠かさずチェックする人は少なくないと思います。

“遠い国で無くなる命 よりドラマで泣く方が気持ちいい 涙を流しどこまで決められるレール 感情もバーゲンセール”

「命」と「気持ち(いい)」( i o i )で韻を踏み、「レール」と「(バーゲン)セール」( e e u )で踏んでいます。遠い国で起きていることには他人事で無関心だけど、感情の安売りするかのように「泣く」ということを目的に映画やドラマを見る人々を風刺しています。

“ブラックライトが照らすラップスター キャスター→スモーク胡散臭い”

ラッパーは地元のことを曲にするので地域社会の今を伝えるニュースキャスターの役割を果たしていました。ところが現在はどうでしょう?今起こっていることはそっちのけで “煙” の話ばかりしているラッパーがいますよね。別にそれ自体は否定も肯定もしませんが、そのようなトピックばかりの作品は聴くに値しないと思います。「キャスター→スモーク」はタバコの銘柄「CASTER」とも掛かっています。

“星の数あるのに皆丁重に 有難がるセイジョウキ”

「丁重に」と「セイジョウキ」( e i o u i )で踏んでいます。セイジョウキがカタカナになっています。これはスモーク=煙で遮られた視界をクリアにする「清浄機」という意味と、星の数ほど国はあるのに、もっというと地球以外にも宇宙に星は数多く存在するのに「星条旗」つまりアメリカが中心となって世界が回っていることを風刺しているように解釈できます。更にひとつ前に出てきたラップスターの “スター” と星条旗の “星” が繋がっています。ヒップホップ/ラップ発祥の地もアメリカです。

“人が使う正義はトランプ 裏表隠し押し付けるジョーカー”


本人も思わずつぶやいていますが、この事実とも向き合わなくてはなりません。アメリカ大統領にトランプが就任。日本のみならず世界情勢を司るアメリカの動向を意識していたからこそ「トランプ」を歌詞に登場させたのでしょうか。

そして、アメコミ「バットマン」の代表的な悪役の名前はジョーカー。

そして、トランプ遊びの定番「ババ抜き」のハズレもジョーカーです。

これは誰かに悪役を押し付けることで自分が正義だと主張することを揶揄しています。例えば、、、ワイドショーやネットニュースなどで、スキャンダル(薬物や不倫etc)を起こした有名人を吊し上げて一斉に叩く社会の風潮。困ったことに、そういうタイミングに限ってワイドショーが取り上げるべき話題は他にあるんですけどね。

日常生活で感じることが難しいですが、国際社会において日本は戦争と無関係な立場ではありません。こうして武器の開発が進められ、自衛隊も海外に派遣され他国の軍隊と協力しています。これをどう捉えるかはそれぞれでしょうが、地球上では戦争が続いているのは事実です。今現在、日本では何事もないように生活できていますが、いつ、どこで、何が起きるかわかりません。そして繰り返しますが “F-3” は反戦歌ではありません。意識の向け方について考えるきっかけとなるメッセージです。

日本のコンシャス・ラップ

他にも日本のヒップホップシーンの一部のラッパーはそれぞれのアプローチで【自分自身】や【環境(仲間、家族 etc.)】や【社会】に対する意識の向け方についてメッセージを発信しているラッパーがいます。アーティストの例を挙げますと(注:個人的な解釈です。「政治的」という意味ではありません。)と tha BOSS、ANARCHY、SHINGO★西成、L-VOKAL、NORIKIYO、SEEDA、環ROY、HAIIRO DE ROSSI、ZORN、、、そして忘れてはならないレジェンドの現在進行系 RHYMESTER などなど(他にも、Kダブシャイン、Shing02、Meiso、田我流、、、など沢山いると思います)、それぞれのスタンスでそれぞれのコミュニティ(または自分自身)に “意識” を向けていることを作品から感じとることができます。

個人的に、より印象深い2010年代の作品を挙げるとするなら “F-3” のビデオにカメオ出演していた AKLO の “RED PILL” [2012] や、映像作品なら AKLO、SKY-HI がカメオ出演した SALU – “Goodtime” [2014](ミュージックビデオも、元ネタとして使われたSF映画「ゼイリブ」のメッセージ性をそのまま引き継いでいます。”RED PILL” のリリックを印刷したチラシを AKLO が配っています)。そして、ストレートに社会を意識した内容のSALU “Nipponia Nippon” [2016]。そんな SALU と SKY-HI のコラボアルバムの1曲 “Sleep Walking” もリスナーに対し意識の向け方/無意識へ警鐘を鳴らしています。


ヒップホップはパーティーなどで楽しい時間を演出してくれる音楽でもありますが、自己と向き合う音楽でもあります。そして自己と向き合った先には他者(仲間、家族、あるいはライバル?)がいて、その先に社会があります。僕が思うヒップホップの精神は、今起こっていることに意識を向け、今を語るために過去の記憶を集めて、それを咀嚼した上で未来に向けて発信することです。過去から引っ張ってきたモノで新しい文脈を生み出すサンプリングという技法はヒップホップをよく表していると思います。

世の中で「今」起きていることを見て見ぬふりをして「自分には関係ない」と切り捨てるのは簡単ですが、そんな大きな視点を持たなくとも、まずは自分の周囲に意識を向けて、気付いたことから行動に移すことが身の回りの環境をより良くする唯一の方法ではないでしょうか。(とか最後に説教めいたことは言いたくなかったけど、他にまとめる方法が浮かびませんでした…!)

詰め込みすぎて長くなってしまうのもアレなのでこの辺で終わりにします。次回は、”F-3″ に込められたもうひとつのテーマを軸に「カタルシス」や、日本のヒップホップ史(の一部)を再解釈します(むしろこっちが書きたかった!)。いつ書き終わるかわかりませんが(なる早で終わらせます)、もし、読んでくださる方がいたら以下の作品を聴いておいてください(時系列を無視してますが、「物語」を語る上で重要だと思うモノ(その上で良い作品だと思うモノ)を順に並べてみました。)。
SKY-HI「カタルシス」[2016]

SKY-HI「クロノグラフ」[2016]

SKY-HI「OLIVE」アルバム収録曲 “Over the Moon” [2017] 初回盤DVD収録映像 “SKY-HI HALL TOUR 2016 ~Ms. Libertyを探せ~” [2016]

SKY-HI×SALU「Say Hello to My Minions」アルバム収録曲 “運命論” [2016]

KREVA「GO」収録曲 “基準” “挑め” “EGAO” [2011]

VERBAL「DEAD NOISE」(映画本編及びメイキングインタビュー)[2008]

キングギドラ「最終兵器」アルバム収録曲 “公開処刑” [2002]

KICK THE CAN CREW「magic number」及び「BEST ALBUM 2001-2003」収録曲 “アンバランス” [2002]

KREVA「SPACE」アルバム収録曲 “言ってなカッタカナ?” [2013]

KREVA「KILA KILA/Tan-Kyu-Shin」カップリング収録曲 “ハヒヘホ feat. SHINGO★西成” [2011]